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日本ワヤン協会

日本ワヤン協会ワヤンはそれぞれの時代に即応してつねに変貌しつづけ、十世紀を生きてきた芸能でその上演様式やワヤン人形の形態、また語りの内容など、その多様さは万華鏡のきらめきにも似ています。古いままを守っていると、土地の人から見放されてしまいます。
そうしたジャワのワヤンに魅せられて、東京で紹介のための上演会を催すことで、日本ワヤン協会は発足しました。1974年(昭和49年)8月17日のこと。会場は東急線祐天寺駅前の町内会事務所の2階で、ダランは当時目黒のインドネシア学校の先生だったムスタムさん。音楽と語りは私がジャワで録音してきたワヤンのカセットテープを使い、お客は30人ほど。開いた窓からは近所のラーメン屋のいい匂いが流れてきて、けっこうな雰囲気でした。
ただ、ワヤンはジャワ語で語られているので、日本人の客は物語の展開がまったくつかめず、上演にそって何か解説するようにとのこと。そんなことで祐天寺の庫裡を会場にした第2回目からはジャワ語を一語一語翻訳して、ダランの語る声をすこし低くし、そこにアフレコ形式で日本語をかぶせていく。これでダランの語る内容がしっかり理解できるようにしたのです。ジャワ語の翻訳はムスタム夫妻の協力で松本の担当でした。
まずは軽い気持ちではじめたものですから、上演活動がその後今日まで30年間も途絶えることなく続くとは思いもよらぬことでした。当初は会の名もなく、「ワヤン協会」さらには「日本ワヤン協会」ということになったのは、しばらく後のことです。

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